鶴岡パン店だろうか?
私はきょろきょろと周囲を見回すと、こっそり鶴岡パン店に近付いた。
中を覗いてみようとするけれど、カーテンがかかっていて中は見えない。
チョコの匂いは何だか薄くなったみたい……とすると、ベーカリー・カメダの方だったんだろうか?
誰もいないんならベーカリー・カメダの方に行ってみようかな。
きびすを返した私の後ろで、引き戸の開く音がした。

「あ」

振り返ると、……一人の体格のいい男……多分、つぶあんぱんだろう。そのつぶあんぱんが私の腰を掴んで肩に担ぎ上げたかと思うと、

「アリスだ! アリスが我らのために来てくれたぞぉぉっ!」

大声で叫びながら鶴岡パン店の中に駆け込んだ。

「ちょ、ちょっと待っ……」
「おおアリス! よくぞいらっしゃいました!」
「外は酷い臭いでしたでしょうぞ! ささ、この玉露と和三盆の砂糖菓子をお食べなさい」

外の静けさが嘘みたいに、店の中にはやっぱりつぶあんぱん達が揃っていた。
暖かい緑茶と可愛らしい和菓子を差し出してくれる。
……うう、今日は何事もありませんように。

「あ、ありがとう。でも私、用事があって、すぐ行かなきゃ……」
「用事? ……まさか、こしあんぱんを買いに」
「違っ、違うわ! こしあんぱんを買いに行くわけじゃないから!」

慌てて私は手を振る。そうそう、だからそんな不穏なムードは仕舞って欲しい!
手と頭をぶんぶんと振って否定した私に、つぶあんぱん達はまた人の良い笑顔に変わった。

「そうでしょう、左様でしょうぞ! 全く、あんな西洋かぶれのパン共なぞに我らのアリスが用がある筈もないでしょう! 奴ら、ばれんたいんでぃなどという意味の解らぬ催しを企てておるのですぞ!」
「へ、バレンタイン?」
「ああ全く、伝統の尊さも忘れ商業主義に走る輩の何と醜いことか!」

……私もそのバレンタインの催しに参加するつもりなんだけど、なんて、とても言えた雰囲気じゃない。
ど、どうしよう。
つぶあんぱん達はひとしきりバレンタインや西洋伝来のイベントについて嘆いた後で、思い出したように私に向き直った。

「これはこれは申し訳ない、お恥ずかしい所をお見せしてしまいましたな、いやいや……」

ははは、と豪快に笑いあうが、それより私はさっさと買い物を済ませてしまいたい。
こ、このお茶とお菓子には、大きくなったり小さくなったりなんて作用はないよね?
少し心の中で葛藤してから、私は差し出されたお茶をひとくち含んだ。
お茶は仄かに甘みがあって、とても美味しい。もっと普通の状態だったら、じっくり味わいたいところだけど、生憎今日は急いでいる。
私は急いでお茶を飲み干し、可愛い形の和菓子を食べた。

「ありがとう、とっても美味しかったわ! それじゃ私、買い物に……」
「そういえば、何を買いに行くのかを聞いておりませんでしたな」
「うっ……」

つぶあんぱん達は、まだ疑っているみたいだ。

「お、お菓子の材料を……」
「お菓子? 丁度良い、仕入れたばかりの和三盆がございますぞ!」
「え〜っと、砂糖は足りているの。ご、ごめんね?」
「はて、一体何の菓子をお作りになるのですか?」

い、言わなくちゃいけないのかな?
私はそろそろと引き戸を引き、半分外に出ながらひきつった笑いを浮かべた。

「と、トリュフを……」
「とりゅふ?」
「そう、トリュフ……」

つぶあんぱん達が、俯いて震えだした。……やばいだろうか。逃げた方が、いいかな? 全速力で走って逃げられるだろうか。

「そ、それじゃ私これで……うわっ!?」

ダッシュで出ようとした私は、突然後ろから捕まれてまた担ぎ上げられた。

「……こ、こしあん共ォォオオオ!!!」

私を担ぎ上げたつぶあんぱん達は、一斉に店の外に躍り出ると、ベーカリー・カメダの前に集った。
待って待って待って、やっぱりこの展開!?

「貴様等! いつの間に我らのアリスを西洋主義にかぶらせたのだ! 神の冒涜に等しいこの行為、許し難い!!」

私を担ぎ上げたつぶあんぱんがそう怒鳴り、他のつぶあんぱん達もうだそうだと同調して叫んでいる。
すると、ベーカリー・カメダの扉がバンと開き、腰布の店名『ベーカリー・カメダ』と書かれた以外は全く似たような体型のこしあんぱん達が飛び出してきた。

「黙って聞いていれば、何を!」
「ばれんたいんなどという下らぬものをアリスに吹き込みおったな!」
「下らないとは何だ! アリスのような女の子にはこういうイベントこそが大事なんだ! いい加減その固い干からびた頭を取り替えたらどうだ!」
「貴様等の湿りくさったこしあんが詰まってる頭こそ取り替えるべきなのだ!」

なんだと、とか、何を、とか、怒声があちらこちらで響き渡る。
やばい、とってもまずい! このままだと……

「ちょっと待って、ねえ……!」
「おのれ、今日こそ決着をつけてくれる!」
「望むところだ!」

やはり私の言葉は無視されて、片方が日本刀を振りかざし、片方が銃を手に構えた。
うおおおおおおお、という怒号と共に、あんぱん達が波のように入り混じった。私を担ぎ上げていたあんぱんの腕が緩んだ隙に、私は身を捩ってそこから降り立ち逃げ出す。が、腰を低くして取っ組み合っているあんぱんの中を進むのは、用意じゃない。

「ど、どいて……きゃあっ!」

一人のあんぱんを避けたと思うと、眼の前に日本刀が突き刺さった。何処かから飛んできたらしい。
思わずそこにへたれこみそうになる私の手を、誰かが掴んだ。








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