私は一目散に逃げ出した。
「どこ行くんだい、アリスー!? 料理は仕上げが肝心なのに!」
「それはチョコの仕上げじゃないわ!」
厨房の扉を開こうとすると、後ろからウミガメモドキがどーんと体当たりでアタックしてきた。それを辛くも避けると、ウミガメモドキはそのまま厨房の床にひっくり返る。
い、今のうちー!
慌てて厨房の扉を開き、私は転がり出るようにホールへ飛び出した。
首なしの身体を必死で避けながら走る。時々踏んじゃってびっくりさせてしまったみたいだけど、ごめんね今はそれ所じゃないの!
ホールの扉にかじりついて必死で開け、外へ飛び出すと、その音を聴きつけたのかグリフォンが身体を起こして歩いてきた。
「どうしたね、アリス」
「えっと、うーんと、い、いつもの展開っていうか……」
ぜいぜいと息を切らしながらグリフォンの傍に行き、深呼吸をする。
そして息を整えて厨房での顛末を語ると、グリフォンは苦笑を滲ませた声で、そりゃあ大変だったね、と言った。
「さて、じゃあどうするかい?」
「んー……そうね、まだ材料は家にあるから、もう家で作った方がいいかも」
「そうかい。それじゃあ、近くまで送っていってあげよう。背に乗りなさい」
「あ、ありがとう!」
「なあに、わしらのアリスのためじゃからな」
グリフォンはそう言って笑う。
鷲もクルクルと喉を鳴らして笑った。
私はその背中に乗りながら、グリフォンにチョコをあげる時には鷲の方にあげればいいのか蛇の方にあげればいいのか、不意に迷ってしまう。
鷲も蛇も、チョコレートは食べなかったような……?
……どうしよう。
背中に乗りながらずっと考えていると、すぐにふわりとした失速感が来て、
「ついたぞ、アリス」
蛇が私の顔を覗き込んできた。
見ると、そこは公園の砂場。
「ありがとう!」
お礼を言いながらグリフォンの背から降りると、
「あーっ! アリスじゃねーかっ」
藤棚の方からよく知ってる声が上がった。
あ、もう3時なのかな。
とりあえず聞かなかった事にして、私はグリフォンに気になっていた事を尋ねた。
「……ねえ、グリフォンはチョコレート、食べるかしら?」
問いかけると、蛇はくりんと頭をかしげる。
そして、
「わしも気になってはいたのだが……ちょこれーととは、何だい?」
そう尋ねてきた。
……そもそもを知らなかったのね……。
「えーと、お菓子なんだけど……甘いの」
「ふむ、それなら鷲が食べるかもしれんのう」
鷲かあ。蛇の方にも食べて貰いたかったんだけど、解らないんなら仕方ない。
「それじゃあ、グリフォンにも作ってくるね!」
「気にせんでもいいよ」
「ううん! あげたいの」
すると、また鷲がクルクルと喉を鳴らして、蛇がくりんと頭を傾げた。
「それなら楽しみに待っておくよ。わしらのアリス」
「うん! それじゃあ、後でね!」
手を振ると、グリフォンはまた翼をはためかせて、ふわりと浮き上がった。
その姿が遠く見えなくなるまで見送って、私は向き直る。……さっき声がした、藤棚の方に。
「やっとで気付いたか。無視すんなよなっ!」
「だって、何だか嫌そうな声だったし!」
「いらっ……しゃ、アリ……ス……」
藤棚の下のログハウスでは、帽子屋とネムリネズミがいつものお茶会を開いていた。
私はネムリネズミに招かれるままに、隣に座る。
「勝手に座るなよっ!」
「だって、ネムリネズミがここにって指差したもの」
「座っていいか俺にも聞けよな!」
「はいはいはい。座ってもいい? 帽子屋」
「もう座ってるじゃねーかっ」
相変わらず、帽子屋とは会った途端に言い合いになってしまう。困ったものだけど、この国の人達の中でこんな風にポンポンものを言ってくるのは帽子屋だけだから、私は帽子屋と喋るのも少し楽しい。
……相手がどう思ってるかは、解らないけれど。
「で、お前は何しに来たんだよ」
危うげな手つきでカップに紅茶を淹れながら帽子屋が言う。
口ではそう言いつつも、淹れた紅茶を私の前に置いてくれた。
「うん。チョコレートを作ろうと思って……」
帽子屋達にも女王様のお城での顛末を話す。
すると、
「お前、学習能力ねーな」
呆れたような口調で帽子屋にそう言われてしまった。
「ウミガメモドキなんてそーするに決まってんじゃん!」
「う……でも、一応料理人だし……」
「あいつが一番料理したいのはオマエなんだぞ!」
うう、言われてみれば確かにそうだけど。
けれども確かに、私は危機感が無さすぎたんじゃないだろうか……。
正論なだけに少し落ち込んでしまう。
「…………」
すると、ひとつため息をついた帽子屋が、テーブルの上に広がっていた沢山のケーキやフルーツサラダの中から、小さなチョコレートを取って私に手渡した。
「ほらよ。チョコが欲しいんだろっ」
「え……」
ずいっと眼の前に差し出されたチョコレートを思わず受け取ると、帽子屋は、
「ほんとに仕方ねーな、アリスはっ」
そう言いながらもフイと横を向いてまた紅茶を飲んでいる。
……私が欲しかったんじゃなくて、あげるためにチョコレートを作りたかったんだけど、でも滅多に無い帽子屋の気遣いが嬉しくて、私は笑ってそのチョコレートを口に含んだ。
「ありがと、帽子屋」
「……ふん」
照れてる帽子屋が何だか可愛くてまた笑うと、横からもうひとつ、小さなチョコレートが差し出される。
「は…い、ぼく……らの……アリ……」
「あ、ありがと」
「あーっ! ネムリンッ!」
ネムリネズミからも差し出されたチョコレートを受け取ると、帽子屋が慌てて椅子の上に立ち上がった。
「俺が先にあげたのにっ」
「え、あ、ああ、うん、二人ともありがと! ね!」
よく解らないけれど、声を荒げる帽子屋に向かって笑いかけると、帽子屋は渋々といったふうにまた椅子に腰掛けた。
口の中のチョコレートは、甘く溶けていく。
……四時になる前に、二人にもチョコレートをあげなくちゃ。けれども、一時間足らずで出来るだろうか?
時間くんに頼めばいいかな。でも時間くんは何処にいるんだろう。そういえば時間くんはチョコレートを食べるのかな……。
そんな事をつらつら思いながら、お茶会の時間は穏やかに流れていった。
帽子屋 END
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